平凡看護師が自由で楽しい生活を手に入れる

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PROFILE

初めまして、なみです。

私は現在、Webライターとしての活動や新人ライターの育成をしつつ、Webマーケティングの勉強をしています。

今は正社員で看護師もしていますが、2021年3月に退職が決まっていて、その後は看護師を副業にしつつネットビジネスを行っていく予定です。

ネットビジネスを本格的に始めて間もない私ですが、本業の傍らWebライタ-の勉強を独学で始め、半年で5万の収益を達成

その後はライターとして活動しつつ、取引先のクライアントさんの依頼で、新人ライターさんの指導をするようになりました。

ネットビジネス出会って、私の退屈だった毎日は激変しました。

実際に変化したことを書きだすと、

  • 生きづらいと思っていた毎日が楽しくなった
  • 目指したいと思える目標ができた
  • 尊敬できる師匠やビジネス仲間に出会い、叶えたいと思える夢ができた
  • とうふメンタルでネガティブだったのが、前向きに考えられるようになった

書き出すとキリがないのですが、私の未来はどんどん明るくなっていったんです。

ほんの1年前までは、毎日が退屈で、何の刺激もなくて、家と会社の往復ばかりだった私が、ネットビジネスに出会ってからは、毎日が刺激的で楽しくて、ワクワクする日々を過ごすことが出来ています。

子供のころからプライドが高く、そのくせ就職先の病院で適応障害になってしまうほど、筋金入りのとうふメンタルだった私。

毎日の生活に生きづらさを感じていて、どうにかしてこの生活から抜け出したかった。

そんな私が、Webライタ-とネットビジネスを始めて、人生が本当に楽しくなって、生きやすくなっていったんです。

このブログのコンセプトは、

とうふメンタルの人でも、自分の人生を選択できるきっかけを作ることです。

そのためにこのブログでは、今辛くて憂鬱な思いをしながら生きているみなさんに、

・どうやったら毎日が生きやすくなるのか

・とうふメンタルの人が本当の意味での「自由」を手に入れるにはどうすればいいのか

ということについてお話をしています。

とうふメンタルだった私が、どんなふうにして適応障害を克服し、Webライタ-の活動を始め、人生を楽しめるようになったのか。

そんな私の物語をまとめてみました。

きっとみなさんの悩みを解決する種になると思うので、私のこれまでの経歴とこのブログで目指すものについて、みなさんと是非共有させてください。

なみの経歴

私なみは、どこにでも居る20代の社会人です。

よく、ネットビジネスなんてするくらいなんだから、すごい経歴もってるんでしょ?なんて言われますが、全然そんなことありません。

寧ろ、何の取柄もなく、何をしても並み程度。

そのくせプライドだけは変に高いから、いっつも背伸びをして生きてきました。

子供のころから常に「誰かに認めてもらいたい、注目してもらいたい」という強い思いがあって、そのためだけに努力をしてきた、そんな人間でした。

ここからは、子供のころを振り返りつつ、私のことについてすこしお話していきたいと思います。

誕生~小学生

私は、生まれも育ちも兵庫県。

夏の暑い日に長女として生まれました。

親戚中でも、私が最初の子供だったこともあり、めちゃくちゃ甘やかされて育ちました。

私が生まれて2年後に弟が生まれたものの、今まで全部自分のものだったのが、弟のせいで半分になってしまい、嫉妬する毎日。

「なんで私だけを見てくれないの?」

「私がずっと一番でいたいのに」

そう思うようになり、ある程度の歳になると、毎日のように喧嘩していました。

当時のことをよく母親が教えてくれるのですが、

弟が小学校で表彰されたりすると、弟が両親に褒められているのが悔しくて拗ねたり、反対に私が何か良い成績を出した時には、「自分は弟よりも優れている」ということを、ひたすら両親にアピールしていたとか。

今思うと、「めちゃくちゃイタい奴だな」って思います、、

この時から、「自分が一番!」「私に注目して欲しい!」「認めてもらいたい!」という承認欲求がめちゃくちゃ強い子供になっていて、小学生になると、勝手に誰かと競っては勝手に喜んだり落ち込んだりしてました。

「脚が速いあの子は、みんなに凄いって言ってもらえていいな、、。でもあの子より勉強できるし、私は負けてない」

「字が綺麗なあの子は、先生によく褒められてる、、。でもあの子より早く宿題終わらせられるし。」

悔しい!!と思って努力するのではなく、言い訳して、その子よりも勝っていることばかり探していました。

負けず嫌いは良いことかもしれませんが、自分が一番になれないこともある、ということが認められず、どうしても一番になれないことがあれば、勝手に離脱して「負けない道」を選ぶようになっていったんです。

こうやって、どんどん「挑戦できない子供」になってしまったんですね。

中学生・高校生

中学生になってからは、テストの点数に応じて順位がでるようになったこともあり、「いい順位をとって、みんなに注目してもらいたい」という思いが強くなっていきました。

自分の承認欲求を満たすためにひたすらテスト勉強をし、中学3年間は殆ど上位5位以内を維持し続けました。

その結果、周囲の私のイメージは「しっかり者で、勉強ができるお姉さん的存在」となっていき、私はその「イメージ」を崩さないように、しっかりものキャラを演じ続けました。

そしてこのころから、将来のことを考えるようになり、理数系が得意だったこと、周りの人から憧れられる職業に就きたかったこともあり、

「よし、いい学校に行って医者になってみんなに凄いと思われる存在になってやろう」

と思うようになりました。

そのため、高校も地元で有名な進学校を選択。

「でも不合格になって、みんなに勉強できなかったんだって思われたくない、、」

そう思った私は、

地元で一番の進学校に挑戦することを端からあきらめ、上から2番目の進学校を目指すことにしました。

もちろん、「本音」なんて誰にも言えなかった私は、

「この高校に行きたかったから」と嘘をつき、「あたかも自分の意思で2番目の高校を選んだ」、ということにしたわけです。

本当にしょうもないというか、薄っぺらいプライドだなって思います、、

そんなこと誰も気にしていないのに、当時の私は、自分の「弱さ」を認めることが怖くて、ひたすら隠し続けてきたんですね。

そんなこんなで、高校に進学したわけですが、ここで大きな壁にぶち当たります。

当たり前ですが、進学校なんでみんな勉強ができるんです。

今までは簡単に5位以内の成績がとれていたのに、初めての定期テストでは後ろから数えた方が早い順位になってしまったんです。

「嘘でしょ、、、中学では常に上位だったのに、、」

不純な動機ながらも医師を目指していた私は、この日から、毎日猛勉強。

「くっそーーー。絶対に成績上げて、みんなに憧れられる存在になってやる、、!!」

もともと時間管理やスケジューリングが得意だった私は、休みの日も勉強のタイムスケジュールを作り、計画を立てて授業の予習、復習をひたすらこなしていきました。

すると、高校1年生の間は毎回10位代に入れるほど、成績を上げることができました。

成績が上がったことで高校の友人にも

「なみは勉強ができるしっかり者」

と言ってもらえるようになり、

「高校でも私の存在が認めてもらえた」

自分の心も満たされていったんです。

けどそんな状態も束の間、高校2年に上がると、みんなが受験を意識しだして、また順位は激落ち。

自分でも必死に勉強したけど、どうしてもみんなに追いつけなくなって、医学部の受験模試を受けても永遠に圏外。

そんな毎日が続いたある日、

「私、医学部受けても受からないかもしれない」

と思うようになって、

「もういいや。医者諦めよう」

と、いつものごとく、勝手に諦めて、勝手に医学部というラインから離脱してしまったんです。

いくら不純な動機といえども、中学生時代からずっと目指してきた「医師になる」という夢。

それを諦めざるを得ない現実。

自分が描く「理想の自分」にどうしてもなれない。

そのことを察し、目指す夢が自分の未来から消えてしまったことで、私の中の何かがポキっと折れ、そこから私のメンタルは一気に落ちていきました。

「しっかり者」でない自分は何の価値もない

将来の夢も叶えられないダメな人間なんだ

こんな人間だと、誰からも興味を持ってもらえない

自分はこの世に必要のない存在なんだな

自分が居なくなっても、みんなの生活は当たり前に過ぎていく

自分には何の価値もないんだ

こんな負の感情が、瞬く間に私の心を支配していって、気づけば常に「自分には何の価値もない」と思うようになってしまったんです。

大学~社会人

結局将来何になりたいかもわからないまま、安泰だからという理由で看護学校に入学した私は、取り敢えず目の前のことをこなす日々を送っていました。

大学に入学してからも、ずっとこの負の感情は私の中を支配していました。

誰とも話したくない

人と会うのがしんどい

自分のことなんて誰も興味ないんだ

自分に自信なんか全くなくて、毎日が病み期。

「毎日何も面白くない。もうどうでもいい。」

そんな風に考えるようになり、気づけば学校に行けなくなっていました。

辛い学校生活を忘れるかのように毎日のようにアルバイトを入れ、そのせいで体も精神もボロボロ。

この頃1週間に1回は高熱をだしていましたね(笑)

それでも友人に恵まれ、なんとか留年せずに学校を卒業。

国試にも合格することができたので、少し自分にも自信が持てるようになり、

「折角看護師になったんだから、どこででも通用する看護師になろう」

と、地元で有名なめちゃくちゃ大きな病院に就職することにしました。

けどこの選択が大間違い。

所属することになった部署のお局に、目を付けられてしまったんです。

私は昔から時間管理が得意で、新人ながらも殆ど毎日定時で帰れるほど、上手く仕事をこなすことができていました。

お局はそれが気に入らなかったんですね。

「新人のくせに生意気だ」

と私に嫌がらせをする様になりました。

話しかけても無視され、

私の目の前で私の悪口を言い、

仕事ができない、と教育担当の先輩に理不尽な告げ口をされたり。

「私があの人に何かした?」

「私が居るだけで、そんなにも人を不快にさせるの?」

悔しいと思う反面、自分に全く自信がなかった私は、毎日のように自分を責めていました。

そんな毎日を過ごしていると、

「今何か病気になったら仕事に行かなくて済むな~」

「そもそも、自分が居なくなっても誰も困らないし、別にどうなってもいいよね」

「私はそもそも必要のない人間だし」

とみるみる内に心が崩れていき、

全身の蕁麻疹、過呼吸と、仕事のことになると色んな体の症状が出てくるようになりました。

流石に心配した私の母と当時の恋人に、心療内科に行くことを勧められ、面倒だな~と思いつつ受診することに。

そこで私は「適応障害」の診断を受けたのです。

「私、心の病気だったんだ、、」

そこから3か月休職し、その年の3月で退職することになりました。

Webライターを副業として始める

休職中に心を休めることができ、「退屈だなー」と感じるようになったので、転職先を探すことにしました。

特にやりたいこともなかったので、取り敢えず人間関係が良くて、残業もなくて、気楽に仕事ができるところを条件に探し、小さな病院に転職することにしました。

「またお局みたいな人が居たらどうしよう、、」

とめちゃくちゃ怖かったのですが、

そこで出会った人たちは本当にいい人ばかりでした。

私の実力を認めてくれ、良い所をほめてくれて、

「居てくれてよかった」

とまで言ってくれました。

この職場で私は、

「ここでは私を必要としてくれているんだ」

って思えたんです。

そう思えることで私の心は満たされていって、

気付けば普通に仕事ができるようになっていました。

そしてこの頃から、自分の今の生き方に疑問を持つようになったんです。

なんで新人の頃、あんなに辛い思いをしてまで仕事を続けなければいけなかったのか。

「仕事だから」と何でも我慢しないといけないのか。

お金のためとはいえ、自分の心と体を犠牲にする意味は何なのか。

自分の人生なんだから、お金に囚われずに楽しく生きていきたい。

この思いは日に日に強くなっていき、どうにかして会社に頼らず自分の力で稼ぐスベはないかと、毎日のようにネットで調べていました。

そんな時に目に留まったのが、「Webライター」でした。

当時はWebライターという仕事を聞いたこともなくて、

それが逆に興味をそそって、仕事内容を調べてみたんです。

「ネット上で記事を書く仕事?なんか面白そうやし、自分でもできそう!」

ここから独学でWebライターのノウハウを学び、本格的に副業としてWebライターの活動を始めました。

もちろん、最初は何もかもわからなくて、戸惑いの連続でした。

そもそもパソコンが家になかったから、パソコンを買うところから始め、ひたすらネットやすでにライターとして活躍している人の発信を見て、Webライタ-のことについて調べまくりました。

初めて仕事をクライアントからもらった時は、めちゃくちゃ緊張しました、、、

だって今まで、従業員としてしか働いたことがなく、個人で仕事を取る、なんて経験が全くなかったわけですから。

「本当に私でいいのかな?」

「私みたいな初心者の記事、誰かに読んでもらえるのかな?」

そんなことをずっと考えていましたね(笑)

けど、本当に良いクライアントさんに出会えて、丁寧に添削して貰ったり、コミュニケーションをとっている内に信頼関係もできてきて、そこから順調に収益も上がっていき、

看護師をしながらでもなんと半年で毎月5万円稼げるようになりました!!

「看護師以外の仕事で5万も稼げたよ!!!」

「自分の力でも稼げるんだ!!めちゃくちゃ嬉しい!!」

この時は本当に嬉しくて、マジで飛び跳ねてましたね(笑)

ネットビジネスに出会う

Webライターとして順調に収益を上げらるようになったころ、

これからもっとライティング技術を上げて、記事単価を上げていけばもっと収益は上がる!という考えとは裏腹に、「他の仕事もやってみたいな」と思うようになったんです。

「もっと他にもネットを使って稼げる仕事があるかもしれない。」

「今までWebライタ-しかやってなかったけど、どうせならもっと色んなことに挑戦してみたいな、、」

と、思うようになっていました。

そんな時に出会ったのが、ネットビジネスの仕組み化

「仕組み化なら、今までライターとして身につけてきたライティング技術が活かせそう!」

「しかも今までの私の経験を発信して、他の人にも幸せになってもらことができる、、」

「これだ!」

と直感した私はすぐにコンサルを受け、独自コンテンツを立ち上げて仕組みをつくりました。

そして、毎月安定して稼げるようになったため、2021年3月に看護師を退職。

今はWebマーケティングを学びつつ、Webライタ-の添削、指導を本業に活動しています。

このブログのコンセプト

このブログのコンセプトは、冒頭でもお話しましたが、

とうふメンタルの人でも、自分の人生を選択できるきっかけを作ること

です。

Webライタ-やネットビジネスに出会う前の私は、

「いや、自分で選んで今の会社に居るわけだし」

「今までの人生自分で選んできてるよ」

って思っていました。

けど今、当時の私に聴きたいのは、

毎日が楽しくて充実しているの?

今の生活をずっと続けていきたいって思ってる?

ということ。

あの頃の私は、そうは思えてなくて、毎日が憂鬱で、生きづらくて仕方ありませんでした。

それはつまり、我慢して今の生活をしているということ。

資格があるから辞められない。

起業しても成功するかわからないからできない。

今のままの方が安泰。

それって自分の人生を選べてないってことに気付いていなかった。

本当はやってみたいこと、理想の生活があるのに、それを選ぶことが出来てない。

自分の人生のはずなのに、「何か」にとらわれて今の窮屈な生活を選ばざるを得なくなっている。

転職して、Webライタ-を始めて、やっとそのことに気付いたんです。

私はご覧の通り、根っからのとうふメンタルで、そのせいで色んな事がしんどくて、

「人生ってこんなもんなんだな」って思っていました。

毎日何の目標もなく生きて、

ただ言われた通りの仕事をして、

お金を貰って平凡に暮らす。

何の面白みもないけど、社会人ってそんなもんで、我慢して生きていくものなんだと思ってたんです。

けど、実際にWebライタ-やネットビジネスに出会って、そうじゃないんだって思えました。

最初から諦めるんじゃなくて、自分で生きやすい未来を作っていくことができるんだということを知ったんです。

それと同時に、

当時の私の様に、とうふメンタルで苦しんでいる人、毎日生きづらさを感じている人は、沢山いるんじゃないか。

同じ様な事で辛い思いをしている人が、自分の人生を選択できるための手助けをしていきたい、

と思うようになったんです。

このブログの発信を見て、少しでも多くの方に希望を持っていただけたら嬉しいなと思います^^

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